冒頭で曲を紹介してみたい。School Food Punishmentのegoist。この曲を聞きながら本文を聞いていただければ嬉しい。
君はいつだってそうさ
勝ちたいだけで好き放題言うのはやめてよ
価値観 押し付けて 僕の行く手阻んで 逃げてばっかり 汚い
サウンド、メロディー、世界観が素敵な曲だ。このネット時代の影を言い表しているそんな曲だと思う。
初めは、自分の事件について誤解があった部分について世間に知らしめたいという思いがあって始めたのだが、今はそんなことはもうどうでも良くなった。
書くということに集中していると自らの思想や理論がいかに脆いものなのかが良く分かる。飲み屋での与太話の延長でもっともらしい政権批判をしたり、一見ロジカルな物言いで人を言い負かしたりしているだけで、真実に迫った話をしていたかはわからなくなってきた、書けば書くほどに。
書くことにより、頭が整理されてきたと思う。そして書いたものを小さく世に出すことによって、いつか反論にあった時に、相手の意見が正しい場合に受け入れる心の準備ができているか、または、相手が間違っている時にどう説得するかを想像するようになった。それはコミュ力というものなのではないかと思う。
たまに、SNSメディアのユーザ書き込み欄があればメッセージを残すのだが、しっかり食いついて反論してくれる方がいる。僕はとにかく丁寧な言葉を遣ってコミュニケーションを続けようと試みる。心境は、「繋がってくれてありがとう」をモットーにしているのだが、相手が稚拙な表現にとどまる者であればジワジワと怒りが増してくる。これはいけない、言葉遣いに気をつける前に、相手と向き合わなければならない。
明らかに相手の無知や致命的な誤解がある場合、相手に気持ちよく納得させるにはどうすればいいかを考えて話す。これはなかなか難しく訓練がいるかも知れない。
論破して有益な何かが始まるわけではなさそうだ。今のところそう思う。
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